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東京高等裁判所 昭和42年(行コ)44号 判決 1968年7月16日

控訴人(被告)

東京入国管理事務所

主任審査官

古川園重利

指定代理人

小林定人

外五名

被控訴人(原告)

鮑東民

外一名

代理人弁護士

竹沢哲夫

主文

原判決を取消す。

被控訴人等の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

事実《省略》

理由

控訴人が法務大臣の裁決に基き昭和四十年八月十二日付で被控訴人鮑東民に対し、同年十月九日付で被控訴人鄭浩安に対しいずれも出入国管理令第二十四条第七号に定める不法残留者であるという理由で各外国人退去強制令書を発付し、被控訴人等が現にその執行を受けて横浜入国者収容所に収容されていること、被控訴人等が中国広東省に本籍を有する中国人であるが、いずれも日本国において出生したものであることは当事者間に争がなく、<証拠>によると、ともに嘗て本国に帰国したことのない者であることが明らかである。

しかして、<証拠>を総合すると、被控訴人鮑東民は昭和二十四年五月十九日満十七才十一月当時、被控訴人鄭浩安は同月二十五日満十九才三月当時占領軍軍事裁判所である米国陸軍第八軍第一騎兵師団軍事委員会において昭和二十三年四月二十五日日本人二名と共謀の上静岡県浜松市内で犯した強盗致死の罪によりそれぞれ禁錮重労働三十年の刑の宣告を受け、その頃から平和条約発効の日である昭和二十七年四月二十八日まで巣鴨刑務所、次いで横須賀刑務所において服役していたが、同日午後十時頃平和条約の発効により軍事裁判の効力が失われたことを告知され、釈放の手続がとられると同時にあらためて日本国の刑事裁判手続により裁判するという理由で横浜地方検察庁係官によつて逮捕され、同日から同月三十日まで横浜刑務所拘置監に、同年五月一日から同年七月三十日静岡地方裁判所浜松支部において被控訴人等を各無期懲役に処する旨の判決が言渡された頃まで浜松刑務支所拘置監に、その後上告審たる最高裁判所において控訴審判決及び一審判決を破棄した上被控訴人等を同じく各無期懲役に処する旨の判決が言渡された昭和三十年九月二十日頃まで東京拘置所に勾留されていたこと、被控訴人等は右判決が確定した後千葉刑務所において服役していたところ、昭和四十年八月四日頃東京入国管理事務所入国審査官から出入国管理令第二十四条第七号に定める不法残留者として調査を受け、被控訴人鮑東民は同年一〇月七日仮出獄による釈放と同時に、被控訴人鄭浩安は同年十一月十五日仮出獄による釈放と同時にいずれも前示各退去強制令書の執行を受け、横浜入国者収容所へ収容されるに至つたことが認められる。

右認定の事実によると、被控訴人等は日本国との平和条約が発効した昭和二十七年四月二十八日施行された同年法律第百二十六号第二条(出入国管理令の一部改正に伴う経過規定)第一項第一号に規定する昭和二十年九月二日以前から引き続き外国人として本邦に在留する者に該当する者であることが明らかであり、同条第一項及び第二項の規定によると、右のような外国人である被控訴人等が出入国管理令に定める在留資格を有することなく本邦に在留することができる期間は、同法施行の昭和二十七年四月二十八日から六月であり、その期間をこえて本邦に在留しようとするときは同じく同法施行の日から三月以内に入国管理庁長官(昭和二十七年七月三十一日からは法務大臣)に対し在留資格取得の申請をしなければならない旨規定されているのであるから、被控訴人等が昭和二十七年四月二十八日から起算して六月の期間をこえて日本国に在留しようとするときは右同日から三月以内に在留資格取得の申請をしなければならず、右申請をせずして三月の期間を徒過したときは六月の期間の経過とともに出入国管理令第二十四条第七号の規定に該当する不法残留者として本邦に在留することのできない者となることが明らかである。

しかして、被控訴人等が昭和二十七年四月二十八日から三月以内に入国管理庁長官又は法務大臣に対し在留資格取得の申請をせず、同日から六月の期間をこえて本邦に在留していることは本訴における被控訴人等の主張自体に徴して明らかであるから、被控訴人等は出入国管理令第二十四条第七号の規定(なお、昭和二十七年法律第百二十六号第二条は出入国管理令第二十二条の二の特別規定である)に該当する不法残留者であるといわなければならない。

しかるに被控訴人等は本訴において、被控訴人等が問題の昭和二十七年法律第百二十六号が制定施行された同年四月二十八日当時から前認定のように勾留されていたので、同法第二条に基き在留資格取得の申請をなすべきことを知らず、かつ刑務所当局を含め国の機関が本来この旨を告知すべきであるにも拘わらずその告知をしなかつたため同条第二項の定める右期間内に在留資格取得の申請をなし得なかつたとし、前記各退去強制令発付処分を無効である、と主張するのである。

しかし、昭和二十七年四月二十八日施行にかかる右同年法律第百二十六号がその頃官報に登載されて公布されたものであることは公知の事実であるから、同法は右公布により具体的な個々人の知不知にかかわりなく一般人の知り得べき状態におかれたものであつて、何人に対しても法たるの効力を生じ、当然被控訴人等に対しても適用さるべきものとなつたものといわなければならない。いわゆる「法の不知は許さず」との法原則はこのことをいうにほかならないのである。

しからば、被控訴人等は勾留中であつて昭和二十七年法律第百二十六号の制定施行を知らなかつたことを理由として同法の適用を免れることはできないものといわなければならない。

しかのみならず、原審での被控訴人鮑東民及び被控訴人鄭浩安各本人尋問の結果に本件弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人等は昭和二十七年五月一日から浜松刑務支所拘置所に勾留されている間全く外部との接見交通、信書の交換及び文書の閲読を禁じられていたわけではなく、家族との通信及び娯楽雑誌の閲読等はこれを許されていたこと、被控訴人等の家族はすべて昭和二十七年法律第百二十六号第二条による在留資格取得の申請をしてそのその資格を得ていることが認められ、被控訴人等も必ずしも右在留資格取得の申請をなすべきことを知り得なかつたわけではないことが窺われる。

そうとすると、被控訴人等はいずれにしても昭和二十七年法律第百二十六号制定施行を知らなかつたことを理由として本件各退去強制令書発付処分を無効と主張することは許されないものというべきである。

しかして、本件にあつては他に右各退去強制令書発付処分を無効と認めるに足りるだけの違法の点は見出すことができない。

右のよらに結論することは被控訴人等に対し著しく酷であるとの議論がなされるかもしれない。しかし、法令の内容をすべての人民に対し現実に通達し了知せしめることは立法の複雑多岐にわたる現状からいつて事実上不能のことに属し、形式的な官報による公布によつてすべての人民に対し法の内容が了知されたものと看做すほかはないのである。また国は被疑者又は受刑者として拘禁されている者に対しその拘禁の期間中に公布された法令を特別に告知しなければならない義務を負うものではなく、この点に関する前記被控訴人等の主張は独自の見解であつてこれを採用することができない。

もとより法は不可能事を強いるものではない。天災、事変その他自己の責に帰することのできない事由によつて法定の期間を遵守することができなかつた者に対しては何等かの救済が与えられなければならないことは当然である。出入国管理令にはこのような者の為に期間の伸長を認める規定を特別に設けてはいないけれども、同令第五十条には法務大臣の特別在留許可の制度が定められており、右規定は被控訴人等のような不法残留者に対し退去強制手続が行われている場合であつても適用があるのであつて、自己の責に帰することのできない事由によつて法定の期間内に申請をすることができなかつたけれども若し右の期間内に在留資格取得の申請をしていたならばその資格が与えられたであろうという者に対しては右の特別在留許可の与えられることが期待されるのである。このように在留資格取得の申請について自己の責に帰することのできない事由によつて法定の期間を遵守することができなかつた者に対しては期間の伸長を認めなくても右第五十条の規定によつて必要且十分な救済が与えられる途が開かれているのであつて、出入国管理令が在留資格取得の申請につき特に法定の期間の伸長に関する規定を設けなかつたことについては首肯すべき理由があるのである。してみれば被控訴人等を不法残留者として同人等に対しなされた本件退去強制処分に被控訴人等主張のような違法の廉はないとする上記の結論は被控訴人等にとつて決して酷であるとは言うことができないのである。

よつて、以上と異る見解のもとに被控訴人等の本訴各請求を認容した原判決は不当であるから、これを取消し(原判決主文第一項中に、「被告鄭浩安」とあるは「原告鄭浩安」の誤記であると認める)、被控訴人等の本訴各請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条及び第九十六条の規定を適用して主文のとおり判決する。(平賀健太 岡本元夫 鈴木醇一)

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